北斎漫画:浦上蒼穹堂 蔵

諸国の名所や自然現象を描いた北斎漫画には、『冨嶽三十六景』のベースにしたと思われる作品も。

絵を描くことに人生を捧げ、自ら“画狂人”と名乗った江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎。富士山をさまざまな画角から捉えて芸術的才能を発揮した『冨嶽三十六景』は、何と70歳を超えてからの作品だというから、どれだけ絵に情熱を注いでいたかがわかるだろう。その中でも最も有名なのが、『神奈川沖浪裏』。主役の富士山を小さく遠方に、手前に画面を覆い尽くすほどの大波を描くという大胆な構図に加え、崩れかける波の先端を丁寧に描くことで、高く大きく盛り上がる波の迫力を描写したこの作品は、“The Great Wave”と呼ばれて海外でも高く評価されている。

『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』。海外では“The Great Wave”と呼ばれて高い人気を誇る。

浮世絵には直筆による一点ものの作品もあるけれど、その多くは木版印刷によって量産された“版画”であり、今でいうポスターのようなもの。その場合、浮世絵師は版画のための下絵を描くのが仕事となる。その下絵、つまり絵師の手がけた原画は、彫師が下絵を木の板に貼り付けて削ってしまうため、後には残らない。それでも、題材を選ぶセンスや絵の構成力、筆のタッチなど原画に込められた魅力は、完成した作品から十分に伝わってくる。『冨嶽三十六景』に並んで世界に愛されている北斎作品に、浮世絵と同じ木版技術を用いて印刷された『北斎漫画』がある。

『無礼講』 烏帽子に褌一丁で、奇妙なポーズをとる男たち。

『雀踊り』 踊りの振り付けが連続したポーズで描かれた、アニメーションの原点といわれる表現。

それは言ってみれば、北斎自ら手掛けたスケッチを集めた画集のようなもの。『漫画』と名付けられてはいても、今のマンガのようにセリフがある訳でも、ましてやストーリー仕立てになっている訳でもない。ちなみに、「漫ろ(そぞろ)」という言葉には「思いつくままに」という意味があり、かつては何気ない日常の出来事や、ふと感じたことを思いつくままに書き記した随筆を表すのに用いられていたという。おそらく北斎はそれを絵の世界に持ち込み、「漫ろに描いた画集」というニュアンスを込めて、『北斎漫画』と名付けたのだろう。

北斎漫画 表紙 全15編

ただ、その中身の価値は、単なる人気絵師のスケッチ画集としてスルーして良い代物ではない。当初は北斎の絵師見習いの弟子たちに向けた1冊完結型の手習本として出版されたものの、やがて一般庶民の間でも人気を博したためにシリーズ化され、第1巻が発行された1814年から64年間にわたって、全15巻が刊行された。

中に収められているのは、身近な人や動植物をはじめ、風景、建物、街や庶民生活の様子をありのままに描いたデッサンから、合戦の様子や猛獣退治、麒麟(キリン)や獏(バク)など伝説の生き物、神様に妖怪、お化けなどの想像力を膨らませて描いたスケッチまで、実にさまざま。すべて合わせると、およそ4,000点にのぼると言う。

市井の人々をありのままに描いたデッサンからは、当時のリアルな日常が感じられる。

ユーモアたっぷりに描かれた達磨大師の絵。コマ割り漫画を思わせる構図にも注目。

正確な描写というよりも、絵だけで見る人を独自の世界観の中に引き込むような臨場感を持った描き方や、ユーモア溢れる風刺表現にフォーカスした絵の数々は、まさにマンガ的演出の原点。さらに、遊び心が感じられるデフォルメの手法や集中線を伴う躍動感の描写、ストーリー漫画風のコマ割りなど、今のマンガを思わせるギミックが随所に隠されている。少し覗き見るだけでも、この画集がマンガのルーツのひとつであることが納得できるだろう。

見る人を驚かせ、楽しませるエンターテインメント性こそ、北斎の真骨頂。それは“漫ろ描き”ひとつにも、しっかりと表れている。

『阿波の鳴戸』 緻密な線画で知られる北斎らしい作品。リアルな波の迫力が伝わってくる。

大胆な構図が特徴的な北斎作品は、海外の芸術家たちの創作活動にも影響を与え、19世紀後半にヨーロッパで生まれた“ジャポニズム”人気を牽引した。

『奔虎』 強い風に逆らって疾走する虎の絵。最晩年に描いたと思われる作品で、当時の北斎の心境を表していると言われている。