ワクワクとドキドキがギュッと詰まっていて、夢に溢れたファッションがメインストリームだった1980年代。ファッションに小難しい思想を持ち込むなんて野暮! 難しく考えず、その時々の気分や感性の赴くままに楽しめばいいのさ。ダイナミックに着飾ることこそがファッションだと言わんばかりに、当時は誰もが華麗で煌びやかで、現実離れしたスタイルを追い求めていた。
ところが、そこに現れた一人の英国人デザイナーが、浮ついたファッション業界にインパクトを与える。その名はキャサリン・ハムネット。彼女が発表したパワフルな政治的メッセージをプリントしたTシャツは、“スローガンTシャツ”と呼ばれて大ヒットし、ファッションの目的を着飾る楽しみから自己表現のためのツールへと大きく変えるきっかけのひとつにもなった。それから40年以上の月日が流れたけれど、時代がどれだけ変わってもその主張がブレることは一切なく、キャサリンは今も自分の道を信じて前進し続けている。
とはいえ、彼女がセンセーションを巻き起こしたのは1980年代のこと。今を生きる若い世代にとっては、生まれるはるか前の出来事だ。その名前は知っていても、一体どんな功績を残したデザイナーなのかを詳しく知っている人は決して多くないだろう。そこで彼女のすごさをお伝えすべく深堀りしてみたところ、驚きの連続……! オーバーサイズのTシャツ、ストーンウォッシュデニム、ワークウェアのユーティリティを取り入れたデザイン、性別に囚われないスタイルからサステナブルなものづくりまで、今ではあたり前になっているものの多くが、そのオリジンを辿るとキャサリンに行き着いたのだから。
というわけで、改めてキャサリン・ハムネットというデザイナーが歩んできた道筋を振り返ってみたい。外交官を父に持つ彼女は、英国人ながらも5歳の時にパリ、8歳の時にルーマニア、15歳の時にはストックホルムとヨーロッパの各都市を転々として過ごし、16歳になると社交の場にも顔を出すようになる。幼い頃からさまざまなカルチャーに触れてきたことが、彼女のエッジーなクリエイティビティに影響したことは間違いないだろう。その後イギリスに戻ると、ロンドンのSaint Martin’s School of Art(現在のCentral Saint Martins)でファッションを学び、1979年に自身のブランド KATHARINE HAMNETT LONDON を立ち上げた。Tricker’s をはじめ、JOHN SMEDLEY、Mackintosh などの老舗ブランドにインスパイアされた彼女は、“ミリタリー&ワーク”をテーマに、英国らしいスタイルや伝統技術を大切にしながらもモダンなアイデアを盛り込んだ斬新なコレクションを展開。そのセンセーショナルなリアルクローズの魅力にファッションコンシャスな層が気づくまでに、そう時間はかからなかったようだ。わずか数年でブランドは世界40カ国、約700店舗で販売されるまでに成長し、1987年にはロンドンのスローンストリートに旗艦店をオープン。ワシントンポストは「コンクリート打ちっぱなしの床、自然光の入る天窓、グッドルッキングな店員が揃っているのに、肝心の洋服がほとんど見当たらない。まるでミニマリストが演じる演劇のようだ。まさにセンセーショナル!」と報じ、店は評判を呼んだ。
冒頭で触れたスローガンTシャツがはじめて発表されたのは、1983年のこと。オーバーサイズのシルエットに、フロント全面に極太のブロック体で “CHOOSE LIFE” とプリントされていた。インスピレーションの源には、キャサリンが共鳴していた「生きとし生けるものの命を尊ぶ」という仏教思想が根底にある。単なるファッションアイテムとしてではなく、生の肯定を訴えるメッセージウェアとして作られたたもので、アンチドラッグや自殺防止のキャンペーンでも採用された。遠くからでも文字がはっきりと読めることを最優先しながら、デザイン性にも徹底的にこだわったこのTシャツは、当時絶大な人気を誇っていたポップデュオ Wham! の楽曲 “Wake Me Up Before You GO-GO” の MV の中でジョージ マイケルが着たこともあって、世界的に知られるようになった。その後も次々と新しいスローガンTシャツが登場。QUEEN のロジャー テイラーも、楽曲 “Hammer to Fall” の MV や、1985年のフェス “Rock in Rio” のライブでキャサリンのスローガンT を着用している。
もうひとつ、とても有名なスローガンTがある。1984年に当時イギリスの首相だったマーガレット サッチャーが主催するレセプションに招かれたキャサリン自身が着用したもので、そこに書かれていたのは “58% DON’T WANT PERSING(58%の国民はパーシングを望んでいない)” というメッセージ。パーシングというのはアメリカ製の弾道ミサイルのことで、サッチャー首相がパーシングをイギリス領に配備することを認めたことに抗議するため、あえてそのTシャツをサッチャー首相に見せつけたのである。「鉄の女」と呼ばれたサッチャーも、それを見てさすがに慌てた様子だったと言われているけれど、キャサリンもサッチャーに負けない「鉄の女」だったということだ。ほかにも、“SAVE THE WORLD”、“STOP AND THINK” など、短いけれど胸に刺さるパワフルなスローガンをプリントしたTシャツは、今もさまざまなクリエイターを刺激し続けている。
ブランドが大成功を収めている一方で、ますますひどくなる環境問題に危機感を覚えるようになったキャサリンは、ファッション産業が環境にどのような影響を与えているのかが気になるようになり、1989年にコットンの生産現場の調査を実施。そこで分かった事実は、「まさに悪夢のよう」だったと本人が語るほどショッキングなものだった。なぜなら、綿花を育てるために使われている農薬は環境にも人間にも有害で、さらに農薬をめぐる中毒事故が頻繁に起こり、1年に何千人もの人が命を落としていたのだから。そして恐ろしいことに、それはコットンに限ったことではなかった。人工素材、レザーのなめし、染色、仕上げ……あらゆる素材やその生産過程が、環境や人々に悪影響を及ぼしていた。この現実に衝撃を受けたキャサリンは、ファッション産業における環境問題を改善するために、自分のコレクションを使ったロビー活動を開始。1989-1990 AW シーズンに “CLEAN UP OR DIE(浄化か、それとも死か)” というタイトルのコレクションを発表したほか、自分のコレクションにオーガニックコットンを使うようになる。ほかのデザイナーにもそうすることを訴え続けたけれど、結果は誰にも響かず。辺りを見渡してみても、サステナブルでエシカルなものづくりを実施しているデザイナーは彼女一人だけだったという。しかしその努力はだんだんと花開き、Stella McCartneyを筆頭に、パリに拠点を置くさまざまなラグジュアリーメゾンさえも、環境や労働環境に配慮したものづくりを実施するようになった。今ではそれがスタンダードになっているけれど、その影に一人で戦い続けたキャサリン・ハムネットの存在があったことを、決して忘れてはいけない。
ファッション産業に対する疑念がきっかけで芽生えたキャサリンのクリティカルな視線は、だんだんとファッション以外の社会問題にも向けられていく。1990年にはコレクション発表の場をパリに移し、1990-1991AWシーズンに “Cancel the Third World Debt / 第三世界の負債をなくそう”と題したコレクションを発表。さらに1991年、湾岸戦争の勃発を受けて、ファッションショーを行う代わりにナオミ キャンベルを主役にした反戦 / 社会メッセージを込めたムービーを製作、発表するという異例の手法をとった。1992年には “Post Materialism / 脱物質主義” と題したコレクションを発表。これは、不況ムードが続くなかで、「物質的豊かさよりも意識を高めることに価値を見出すべき」というスタンスを明確に打ち出し、後のサステナブルな活動へとつながる重要なコレクションとなった。1994年にはエイズのチャリティイベント “The Quilts of Love / 愛のキルト” に参加し、エイズで苦しむ人たちに寄り添った。2001年には、ニューヨークで起こった同時多発テロを受けてファッションショーを取りやめ、代わりにイギリス、スウェーデン、イタリア、日本で “NO WAR” キャンペーンを行い、世界平和を訴えた。
70代になった今でも、環境問題や社会問題への情熱を失うことなく、ファッションを通じて世界をより美しく住みやすい場所に変えようという姿勢は、国境を越え、世代を越えて多く人たちの共感を呼んでいる。
過去から今日にいたるまで、一貫して現実から目を背けることなく、 戦争、環境危機、差別・・・など、
世界で起こっている様々な問題、疑問に対し、ファッションのフィルターを通して力強いメッセージを発信し続けてきた
キャサリン・ハムネット。その彼女が掲げてきた “SLOGAN” に共感するブランドやアーティストが
AW 2025シーズンの阪急メンズに集結。スペシャルコラボレーションが実現!!!
販売開始 8/27(水) 10:00 予定
キャサリン・ハムネットの過去アーカイブをベースにデザイナー山下 隆生による復刻リバイバルが実現! また、ビューティビーストの1990年代を象徴するトラックジャージのセットアップもコラボレーションで復活!
8月27日(水) 13時~14時 デザイナー 山下隆生 来店
キャサリン・ハムネットの著名な顧客のなかでも、とりわけ阪急メンズ AW 2025シーズンのテーマ “ORL”(OUT OF REAL LIFE)と親和性のあるアーティスト、デヴィッド ボウイ。そんな彼が残した数々の作品やポートレートフォトのコラボレーションTシャツを展開。
大阪を拠点に活動するアーティストカズ オオモリが、ザ・ローリング・ストーンズのミック ジャガーをグラフィックアートに。Tシャツの素材はオーガニックコットンを使用。ポップアップストアでは特別にオリジナルのアート原画も展示販売。
ディズニーやマーべルスタジオの公認アーティストで、数々の映画タイトルの公式クリエイティブを手掛けるカズ オオモリが、キャサリン・ハムネットのメッセージTシャツにハンドペイント!いずれも世界に1枚のオリジナルTシャツ。数量限定販売。
8月30日(土) 14時~16時
アーティスト Kaz Oomori 来店
大阪発、メイドインジャパンのファッションブランド。“over the border” を掲げ、文化の枠組みの無い世界観、年齢や性別などに囚われないプロダクトを生み出している。今回はキャサリン・ハムネットのスローガンプリントを全面に施したアイコニックなバッグを展開。