“医師にはならなかった医師”の仕事観 ─人を支える医療のスタイル論─|前編

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updated on 2026.01.06
中川隆太郎氏と岸田良一氏の対談 メインカット

医療の“後ろ側”をつくる。
仕組みで未来を動かす、静かな挑戦

阪急メンズが届ける対談企画「WORK STYLE」では、異業種のリーダーの仕事観と美意識に触れることで、働く男性へ新たな視点を提案していく。

今回のゲストは、株式会社セントラルメディエンス代表取締役・中川隆太郎氏。医療のバックオフィス支援や地域医療の再生など、従来の枠を越えて事業を展開する“メディカルインテグレーター”として注目を集めている。

目次

PROFILE

株式会社セントラルメディエンス代表取締役 中川隆太郎氏

株式会社セントラルメディエンス代表取締役

中川隆太郎

M.D., Ph.D. 1984年広島県生まれ。東京医科大学在学中に人材紹介会社を起業し、医療従事者のキャリア支援に携わる。2018年、医療のバックオフィス領域に特化した支援を行うセントラルメディエンスを創業。現在はメディア、PR、不動産、病院運営など複数法人を傘下に持つグループ体制を構築し、医療機関・大学・地方自治体・製薬企業など幅広いパートナーと協働。「医療機関の持続可能性を高める仕組みづくり」をテーマに、採用・広報・経営支援・組織開発まで一貫したソリューションを提供している。
WEBSITE:株式会社Central Medience

阪急メンズ大阪 バイヤー 岸田良一氏

阪急メンズ大阪 紳士ラグジュアリー・オーセンティック バイヤー

岸田良一

前職のスタイリストとして培った提案力を武器に、クラシックスタイルを現代的に盛り上げるためのドレスシャツとネクタイを、厳選しています。袖を通した時の高揚感、ネクタイを締めた瞬間に背筋が伸びるような確かな品質と、背景にあるストーリーを重視。阪急メンズ大阪でしか手に入らない別注アイテムも含め、「どう着こなすか」まで見据えたバイイングが信条。

医師になる以外の道――“診療”より“医療の仕組みづくり”に惹かれた学生時代

中川隆太郎氏と岸田良一氏の対談風景1
中川隆太郎氏と岸田良一氏の対談風景2
中川隆太郎氏と岸田良一氏の対談風景3

岸田: 臨床医ではなく“バックオフィス”側の仕事を選ばれた理由が気になっていました。きっかけは何だったんでしょう?

中川: 僕は医学部にいる段階で、「自分は現場の診療には向いていない」と感じたんです。ドクターという仕事は、ディファレンシャル ダイアグリーシスといって患者さんに「喉が痛いです」って言われた時に、何個それに該当する疾患を挙げられるか、っていうのがすごく大事なんです。
例えば「喉が痛い」という症状一つでも、一般的な風邪だけでなく、思いがけない感染症の可能性もあります。また、「お腹が痛い」と言われたら、性別や年齢特有の疾患、あるいは生活背景まで含めてあらゆる可能性を考えます。そうやって広げた選択肢をどんどん削っていって、正解をギュッと絞り込んでいく。
しかし、僕は“答えのない問いを考え続けるほうが好き”で。物理や数学のほうに興味が向いていたんですよね。

岸田: 病気を見極めていく“消去法の思考”より、ゼロから考えていくほうが得意だったということですね?

中川: そうです。だから臨床医として患者さんと向き合うよりも、医療の“後ろ側”をつくるほうが自分に合っているんじゃないかと感じました。医師にならない道を選ぶのは珍しいと言われましたけど、それでもそちらのほうが面白いと思ったんです。

“患者を助ける数を最大化する”。医局制度を理解したうえでの起業

岸田: 医学部在学中に起業されたんですよね。人材紹介から始まったと伺いました。

中川: はい。当時は全国でも200社ほどしかなくて、しかも“人数を埋めるだけ”の紹介が多かった。でも本来は、病院の状況も医師の希望もキャリア設計も全部調整して、ミスマッチを防ぐべきなんです。1人の医師が1日50〜100人の患者さんを診るわけですから、医師を支える仕組みを整えれば、間接的ではあっても助けられる患者の数は圧倒的に増える。

岸田: 「目の前の患者を診る」以外のアプローチで、患者さんを助けるという発想ですね。

中川: 僕は医局制度そのものには賛成ですし、あるべきだと思っています。でも配置の最適化やキャリアの見通しがうまくつながらない場合がある。ならば、医局の“裏側を支える仕組み”をつくれば現場にもっといい影響を与えられると当時は考えていました。

岸田: 「医師にならなかった医師」だからこその視点ですね。

中川: でも結局のところ、役に立つことができれば手段は何でもいいんです。僕は直接診療するよりも、環境づくりのほうが向いていたというだけです。

フィリピンのQuezon City General Hospitalで研修を受ける中川隆太郎氏(2015年頃)

2015年頃、フィリピンのQuezon City General Hospital で研修を受けていた時の中川氏。

仕事はハードだがストレスではない。“人と会う毎日”が自分のコンディションをつくる

岸田: 事業領域が多い分、スケジュールがかなりタイトだと思うのですが、どんな生活リズムなんですか?

中川: 平日は、ほぼ家にいないです。朝起きてから家を出るまで20分。そこから夜までずっと誰かに会っているという感じで。だから「仕事が趣味みたい」と言われますけど、好きとか嫌いというより“呼吸みたいなもの”なんです。

岸田: 土日は「家にいる」と決めているんですよね(笑)?

中川: そうなんです。だから、家族は平日の僕を知らないんです(笑)。周囲には「週末婚」って言っています。でも、それが我が家のスタイルになっていて、家族関係もすごく良いんですよ。家にいる時間自体は短くても、ちゃんと“父親の顔”に戻る場所があるのは大きいです。

岸田: その切り替えができるから高い集中力で働けるんでしょうね。

中川: そうかもしれません。僕は“動いている状態”のほうが集中しやすいタイプなんです。じっとデスクに向き合うより、人と会っているほうが調子が良いというか。

岸田: 身体の感覚と仕事のリズムが一致しているんですね。

中川: それ、たぶん学生時代にやっていたレースの影響もあると思います。もともと車のレースをやっていたので、「身体の状態がパフォーマンスに直結する」という感覚が強くて。ドライバー自身が軽いほうが車の特性を引き出せるので、当時は徹底的に体重管理をしてしました。体脂肪8%台とか。

岸田: だからスーツのラインが綺麗なんですね…納得です。

スーツを着こなす中川隆太郎氏

鍛え上げた体型が、スーツを着こなしているのではなく、体型が整っているからこそ、スーツが静かに“馴染んで”いく。自分をつくり続ける姿勢が、信頼につながる。

中川: 今は昔ほどではないですが、体型が崩れ始めると気持ちまで崩れる感じがあります。とはいえ、最近はジムもサボりがちなんですよ。行かなきゃという意識はあるので、オフィスを出る時に「また今日もジムに間に合わなかった」と一応思ったりはしますね。

迷ったら止まらない。“違えば戻ればいい”が事業を広げた判断軸

岸田: ところで、ビジネスの場面においては咄嗟の判断を迫られる局面が多々あると思いますが、そういう時どのように対処するようにしていますか?

中川: 僕は「立ち止まって長く悩む」のが苦手というか…。止まるぐらいならやってみる。違っていたら戻ればいいだけっていう考えでやってます。間違えて戻るのは、失敗とは思いません。

岸田: 医療バックオフィスにとどまらず、不動産やPRなど幅広い事業を展開しているのはどうしてなんですか?

中川: それも同じで、やろうか、どうしようかと迷ったときは「やってみる」のが基本。それが事業展開にも現れているかもしれませんね。やってみて違えば戻ればいい。それだけです。慎重になりすぎて動けなくなるより、踏み出したほうが早い。

岸田: 失敗を恐れない姿勢がある。

中川: というより、“後悔したくない”だけですね。あと、人ができて自分にできないのが嫌なんです(笑)。羨ましいという気持ちではなく「彼にできるなら、僕にもできるはず」と思うタイプで。勉強も経験も、新しい領域も、それでどんどん広がっていく。

岸田: 医療という枠にとらわれず、事業が派生している理由がよくわかりました。

中川: すべてはどこかで医療に返ってくると思っているんです。現場を知っているから、現場の負担を減らす方向に向く。僕にとって事業の根幹はそこです。

前編では、“医師にならなかった医師”という選択が、中川氏の価値観と事業の基盤となった背景を伺った。
後編では、スーツや装い、ビジネスシーンでの印象づくりなど、“ファッション”を軸に中川氏の美意識と働き方をさらに深掘りしていくので、お見逃しのないよう。

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