
ハードではなく“人”をつくる。
不動産の価値を再定義する三代目の挑戦
阪急メンズがスタートする対談企画では、異業種のリーダーの仕事観から、読者皆様が新しい視点を得られるような対話を届けていく。
初回のゲストは、銀座を中心に都心で独自の価値を生み出す株式会社髙木ビル 代表取締役・髙木秀邦さん。
オフィス移転時の初期費用を抑えるサポートを行い、入居企業の成長を支援する「次世代型出世ビル」プロジェクト、国内外のスタートアップ支援を行う「BIRTH」プロジェクト、さらに自治体との連携による地域創生など、多方面に挑戦を続ける髙木さんに、バイヤー武石がその半生と仕事観を伺った。
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株式会社髙木ビル 代表取締役
髙木秀邦
1976年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、プロミュージシャンとして活動。その後、大手不動産仲介会社で経験を積み、祖父が創業した株式会社髙木ビルへ。現在は三代目として、不動産を“箱”ではなく“人が集まり、コミュニケーションが生まれる場”と再定義し、オフィスビル・レジデンス・コワーキングスペースの開発から運営までを手がけるほか、起業家への伴走型支援や地方共生を目的とした官民連携事業、従来の不動産事業の枠を越え事業を推進している。
Instagram : @hidekuni.takagi
阪急メンズ大阪 サードスタイル担当バイヤー
武石尚久
ドレスシャツよりキャリアをスタートし、現在はオーセンティックバイヤーとして活躍。イタリア・フィレンツェで開催される「PITTI UOMO」にも継続して足を運び、最新の潮流とクラシックの深化を見極める審美眼を磨いている。完成されたアイテムの魅力だけでなく、仕立てや素材への深い理解を持ち、アイテムに込められた想いや背景を丁寧に伝えることを大切にしている。
Instagram : @takeishi_ufficiale“跡取り”からミュージシャンへ。揺れた自己探しの時代

武石: お若い頃はミュージシャンをされていたんですよね?
髙木: そうなんです。実家は貸しビル業で、三代目として育てられてきました。小さい頃から「跡取りだ」と言われ続けていたので、反発心が芽生えて……。「自分は何者なのか」と思い悩んでいた時期に、音楽と出会ったんです。
武石: どんな音楽に影響を受けていたんですか?
髙木: 古いブリティッシュロックですね。ビートルズ、ストーンズ、ザ・フー。ちょうど高校の頃は渋カジ全盛でしたが、僕らは髪をマッシュルームカットにして下北沢で古着を漁っていました。
武石: いわゆるベスパ系のスタイルですね。
髙木: そうです(笑)。大学時代から本格的にバンド活動をして、「俺はミュージシャンになる」と決めていました。
「ふざけるな」――父の一喝が原点に
武石: そこから家業に戻るきっかけは?
髙木: 27歳くらいのとき、挫折し夢に一区切りつけたんです。「実家に帰れば家業に入れるだろう」と甘い考えで戻ったら、父に「ふざけるな」と門前払いされまして。
武石: お父様は二代目ですよね?
髙木: はい。バブルを乗り越えてきた厳しい経営者です。「お前なんかが入ったら会社が潰れる」と言われて。そこから不動産を学び直そうと決意して、信託銀行系の不動産会社に就職しました。
武石: ご実家ではなく、あえて外で経験を積まれたんですね。
髙木: ええ。5年弱仕事に邁進し実績を出したことで、「この経験なら家業に貢献できる」とようやく認めてもらいました。
“ハードではない価値”で戦う中小不動産の新戦略
武石: 不動産業を通じて、どんな価値を社会に提供したいと考えていますか?
髙木: 建物の価値は、普通は「ハードウェア(以降ハード)」で決まります。立地や天井高、スペックですね。でも大手と同じ土俵で戦っても勝てない。だから僕たちは“ハードじゃない価値”を作ろうと考えました。
武石: 例えば?
髙木: 銀座の外堀通り沿いに建てた12階建てのビルの上層 4 階を木造で作ったのですが、銀座にツリーハウスが現れたみたいだと言われます。そして、屋上も含めた木造の4層と1階部分をサウナ・飲食店からなる「SALON 91°」という複合施設として昨年オープンしました。
銀座でもひときわ目立つ、屋上の木造建築。サウナ室の横には、水風呂と外気浴スペースも完備している。銀座の街並みを見下ろしながら整うことができる特別空間だ。
武石: 下が鉄骨で上が木造。すごく目立つ建物ですよね。
髙木: 東京・奥多摩の木を使用しています。木材利用推進の賞やグッドデザイン賞もいただきました。
武石: サウナ好きとしてはたまりません(笑)。
髙木: ぜひ来てください。最上階と屋上を初めからつなげる設計にしたので、銀座の空で“整う”体験ができます。
武石: 先ほどの「ハード以外の価値」というのは、こうした発想からきているんですね。
髙木: はい。そう考えるようになったきっかけは、東日本大震災ですね。当時、大手も中小も関係なくテナントが一斉に出ていってしまった。災害が起きると大手は思い切った値下げをして利益を確保しますが、その影響をいちばん受けるのが中小です。そこで、「ハードの価値に依存していては生き残れない」と痛感したんです。
テナントと“伴走する”ビルオーナーへ
武石:「SALON 91°」にはレストランも入っているんですよね?
髙木: はい。京都の人気店「富小路 やま岸」の姉妹店や、気鋭のフレンチ「PLEIN」、サウナ後に寄れるテラスバーなどもあります。飲食店とは協業で、単なる貸主ではなく運営パートナーとして関わっています。
「銀座 呑小路やま岸」と「PLEIN 銀座本店」の店内。
武石: ビルオーナーとテナントの関係性とはちょっと違いますよね?
髙木: そうですね。大家と店子という上下関係ではなく、共に未来をつくる関係にしたいんです。テナントが元気になればビルの価値も上がりますから。
武石: まさしく「出世ビル」ですね!
髙木: そう言っていただけるのは嬉しいですね。
“1割のチャレンジ”が生む大きな発信力
髙木: 僕が継いだ会社は1961年創業で、守るべきベースもあります。会社を継いでいるという立場では、資産つまりアセットとして、ビルをもらっていることが価値だと考えています。しかし、ただ持っているだけでは、ビルは古くなり、価値は目減りしていきます。だから、古くなることを受け入れつつ、この先どうやってサステナブルにしていくかを考えなくてはならない。
武石: 具体的には?
髙木: 古くからやっているベースとなる事業を守ることと、先述のテナント企業にひたすら寄り添うこと。それらは両輪で回さなくてはならない。最初に始めた時は、事業ポートフォリオの中の9割ぐらいが既存の事業で、残りの1割を「めちゃくちゃチャレンジする」という配分でした。
武石: その“1割”が今の髙木ビルを象徴している、と。
髙木: そうですね。「めちゃくちゃチャレンジ」することによって、テナント企業さんの反応が上がりました。次第に、このチャレンジを発信できるようになっていったんですよ。例えば、インタビュー取材を受けたり、テナント側がSNSやWEBなどで発信したり。すると、収益的には9対1で既存の事業のウエイトが大きいですが、発信力的には1対99でチャレンジ事業の方が逆転します。もはやレバレッジのような感じです。
武石: 古い物件の価値まで変わるんですね。
髙木: はい。「髙木ビルが手がけているから」という付加価値が生まれ、右肩上がりになりました。
前編では、髙木秀邦さんが歩んできた半生と、不動産の価値を再定義する取り組みについて伺った。
後編では、髙木さんのファッション観やライフスタイルへのこだわり、そしてビジネスと美意識の関係をさらに掘り下げていく予定なので、お見逃しなく。
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