服を愛する人が、やがて辿り着く「仕立て」という選択

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updated on 2026.03.02
「仕立てるという」選択、その価値をいま改めて問う

「仕立てるという」選択、その価値をいま改めて問う

既製服が充実したいま、あえて「仕立てる」という選択にどんな価値があるのだろうか。阪急メンズが改めて提案したいのは、サイズを合わせるだけではない、ビスポークという体験そのものの意味だ。

今回お話を伺ったのは、〈ペコラ銀座〉のテーラー、佐藤英明氏。数値を測る前に、その人の仕事や立場、理想の在り方に耳を傾ける——採寸を「対話」と捉える姿勢に、仕立ての本質が表れている。

同時に、同店の魅力は技術だけにとどまらない。長年かけて蒐集してきたヴィンテージ生地をはじめ、豊富な服地ストックの中から一着を構想できる点もまた、多くの服好きを惹きつけてきた理由のひとつだ。

テーラーとは何か。オーダーは誰のためのものなのか。

装いを超え、自分自身と向き合う時間としての仕立て。その奥行きを、佐藤氏との対話から紐解いていく。

目次

PROFILE

佐藤 英明氏

ペコラ銀座 テーラー

佐藤 英明

祖父母、大叔父、母、父と代々仕立て業を営む家系に生まれた。サッカーに打ち込んだ少年時代を経て、ものづくりの原点である仕立ての道を志す。日本で五十嵐九十九師に師事した後、渡仏。アントニオ・モンタルト氏に師事後、パリの裁断学校AICPを卒業。ミラノでマリオ・ペコラ氏に5年間学び、帰国後ペコラ銀座を開店。採寸を「身体と人生を理解する対話」と捉え、立体構造と着心地を追求した一着を仕立て続けている。

武石 尚久氏

阪急メンズ大阪 サードスタイル担当バイヤー

武石 尚久

ドレスシャツよりキャリアをスタートし、現在はオーセンティックバイヤーとして活躍。イタリア・フィレンツェで開催される「PITTI UOMO」にも継続して足を運び、最新の潮流とクラシックの深化を見極める審美眼を磨いている。完成されたアイテムの魅力だけでなく、仕立てや素材への深い造詣を持ち、アイテムに込められた想いや背景を丁寧に伝えることを大切にしている。

葛藤を越えて辿り着いたフルハンドメイド

武石: 仕立ての道に進もうと思ったのは、いつ頃ですか?

佐藤: 父もテーラーだったので、子どもの頃から仕事場が身近でした。「ものを作るのはいいよ」と言っていた言葉がずっと心に残っていて。

ただ、僕がこの道を意識し始めた頃はDCブランド全盛の時代で、服を作るならデザインをしないと意味がない、という空気が強かったんです。

テーラード技術を極めたいと思って始めたものの、「本当にこれでいいのかな」と迷い続けていました。

武石: そこからパリへ行かれたんですね?

佐藤: ええ。最初は先生の紹介で短期間学校に通って、その隣のアトリエで手伝わせてもらって。転機になったのは、アルバイトをしていた日本食レストランでお客様が来ていた一着のコートでした。それが本当に素晴らしかった。ブランドも分からない。でも圧倒的に“違う”。

どうしても気になって、勇気を出して「どこで作ったんですか?」と聞いたんです。すると、その人は「ペコラ・ミラノ」だと。

その瞬間に「ここだ」と思いました。紹介されていろんなテーラーを見に行っても心が動かなかった。でも、ペコラ氏の服は、見た瞬間に“とてつもない”と感じました。

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英国の老舗服地ブランド〈フィンテックス〉の生地を手に取る佐藤氏。しなやかさの中に確かな張りと膨らみを宿す同ブランドの服地をこよなく愛し、仕立てにおいても重要な選択肢のひとつとして位置づけている。店内には、現行コレクションに加え、長年かけて蒐集してきたヴィンテージ生地も数多くストック。指先で質感を確かめながら、その一反一反の表情を見極めていく。

武石: フルハンドメイドに惹かれた理由は何だったのでしょう。

佐藤: 一番は“膨らみ”、つまり“立体感”ですね。平面の生地を人の身体にのせたときの表情がまったく違う。ミシンが悪いわけじゃありません。でも、手縫いは、生地の動きやクセを感じながら進められる。

武石: 修行はやはり厳しかったですか。

佐藤: 朝から晩まで同じ工程を繰り返し、時間を測られ、遅いと叱られる。でも完成した服を見ると、言葉にできない違いがあります。「やっぱりこれを作りたい」と思えた。その気持ちが、次の日も針を持たせてくれたと言えますし、完成したペコラさんの服を見ると、「俺はまだまだだな」「もっと頑張らないとな」って思えたんです。完成形が、次の一歩を示してくれる。職人にとって、あれほど分かりやすい“答え”はないと思います。折りの理解と、生地の扱いに対する経験値が必要になります。

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「ペコラ銀座(旧テイラーサトウ)」の移転工事に関する記録写真集。ピンク色の建物は、千葉県館山市にある生地のストックルームだ。現行ではもう見つからない生地やヴィンテージならではの色柄も大切にストックされている。

「何センチより、どう在りたいか」 理想の姿を形にする採寸

武石: 採寸の際、数字以外で必ず見ていることはありますか?

佐藤: 体に合わせる大事なポイントは数字、でも最終的な線や雰囲気は自分の目で決めます。どちらかだけでは足りない。だから、両方を行き来しながら作っています。父は“数字派”、ペコラは“感覚派”でした。僕はその中間です。

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仕立ての精度を決定づける採寸。ペコラ銀座が採用する「ショートメジャー方式」は、身体を立体として捉えるため、多くの部位を短寸で細かく測定していく手法だ。数値を積み重ねることで、厚みや姿勢、左右差といった個体差を精緻に把握。長年の経験の蓄積によってさらに精度が上がる。

武石: きっと採寸とは、サイズを測るための時間だけではないんでしょうね。採寸とは、佐藤さんにとってどんな時間ですか?

佐藤: 数値を拾う前に、その人を理解する時間です。どんな場に立ち、何に緊張し、どう在りたいのか。「何センチ」より、「どんな場で、どんな自分でいたいのか」。多くの人は、そこを言葉にできない。だから、仕事の内容や普段どんな場に立っているのか、何に緊張して、何を大切にしているのかを、会話の中で探っていきます。それが、僕にとっての仕立てです。

武石: スーツってビジネスという戦場で着るための鎧とか言われる場合がありますが。特にオーダーメイドとなると、ここぞという時のための装い、というイメージを持っている人も多いのではないかと。

佐藤: 鎧とは違います。鎧って、重くて、固くて、着づらいイメージがあるじゃないですか。僕は、着ていて“安心感があるもの”が一番だと思っていて。だから、今聞かれて一番近い言葉を選ぶなら“相棒”ですね。

相棒って、毎日一緒に過ごして、特別に意識しなくても力をくれる存在じゃないですか。スーツも同じで、それを着ていることで、「今日は大丈夫だ」と思える。その感覚がすごく大事なんです。

武石: 確かに、ここぞという時に、背中を押してくれる存在はありがたいですね。

佐藤: 昔パリにいた頃、レストランに入るときの服装ひとつで店側の対応がまったく変わるのを何度も見てきました。ちゃんと仕立てられたコートやスーツを着ているだけで、席の案内から、視線の向きまで変わる。そういう場面を体験すると、「服は人と場をつなぐものなんだ」と、自然と感じるようになりました。

「袖5ミリ」に試された、現場で逃げない仕立ての覚悟

武石: 仕事で印象に残っている出来事はありますか。

佐藤: ある海外の著名な俳優さんが出演するCM撮影ですね。彼は美意識が非常に高い方でした。撮影場所は竹林で、テントとパイプ椅子しかない仮設現場に機材やスタッフがひしめき合っていました。その中で、彼から「右袖が5ミリ長い」と指摘された時のことは忘れられません。

武石: 妥協のない、非常に緊張感のある要求ですね。

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佐藤: 一瞬、頭が真っ白になりました。しかし「いつも通り」「考えるな」と自分に言い聞かせ、その場で躊躇なくほどいて縫い直しました。あのとき、現場で逃げずにやり切るという感覚が、自分の中に刻まれた気がします。

武石: それは痺れますね笑。逆に嬉しかった出来事は?

佐藤: 納品のときです。袖を通した瞬間、表情がふっと緩む。その変化を見ると、この仕事を続けてきて良かったと思います。

初めてのオーダーには、誰しも少なからず緊張がある。だが、佐藤氏の言葉を辿っていくと、その時間は決して“試される場”ではないと気づかされる。

佐藤氏は、仕事の内容や立つ場面、何に緊張し、何に自信を持ちたいのかを、会話の中から丁寧にすくい上げていく。まだ言葉になっていない願望を、技術へと翻訳していくプロセス——その積み重ねが、一着の輪郭を形づくる。

そこに、豊富に揃う服地の存在が重なる。長年蒐集されてきたヴィンテージ生地を含む膨大なストックの中から、自分の一着を構想していく時間もまた、オーダーの醍醐味のひとつだ。

袖を通した瞬間、背筋が伸びる。人前に立つことが、少し楽しみになる。
「今日は大丈夫だ」と思える自分が、そこにいる。

服を仕立てるという行為は、単に装いを整えることではない。服を愛する人が、やがて辿り着く場所で、自分の輪郭を静かに確かめる体験なのかもしれない。

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