「身体に合わせる」を超える、フルオーダーの意味
既製シャツが溢れる時代に、あえてフルオーダーで仕立てる意味とは何か。
サイズを合わせるだけではない、“身体と装いの関係”を根本から問い直す取り組みが、そこにはある。
今回お話を伺ったのは、会員制フルオーダーシャツを手掛ける〈山神シャツ〉の山神氏。
袖を通した瞬間に違いが分かる——そう語る顧客も少なくない。
シャツとしては異例とも言える着心地の良さは、数値だけでは辿り着けない身体理解の積層によって生まれている。
一着の完成までに要する期間は、およそ半年。顧客一人ひとりと向き合う濃密な対話の時間を経て、その人の身体と所作に寄り添う構造を組み上げていく。
今回の対談では、シャツという衣服の奥行きを紐解いていく。
目次
PROFILE
「YAMAGAMI Masanori」
山神正則
山神正則(やまがみ まさのり)氏は、香川県出身。シャツテーラーであり、ビスポークブランド〈YAMAGAMI Masanori〉の主宰者です。人体構造への関心から、独学で「可動域」に基づいた独自のシャツ構造を確立 。徹底したヒアリングにより、顧客の悩みや所作に合わせた一着を半年かけて仕立てる。緻密な職人技が凝縮されたシャツは、国内外の顧客から唯一無二の着心地と称されている。
阪急メンズ大阪 紳士ラグジュアリー・オーセンティック バイヤー
岸田良一
前職のスタイリストとして培った提案力を武器に、クラシックスタイルを現代的に盛り上げるためのドレスシャツとネクタイを、厳選しています。袖を通した時の高揚感、ネクタイを締めた瞬間に背筋が伸びるような確かな品質と、背景にあるストーリーを重視。阪急メンズ大阪でしか手に入らない別注アイテムも含め、「どう着こなすか」まで見据えたバイイングが信条。
シャツ職人になったきっかけ —— 人体への関心が導いた道
岸田: 山神シャツというと、欲しくても待っている人が多くて、なかなか手に入らないシャツとしても有名ですが、今年で何年目ですか?
山神: 2010年からなので、今 16年目にはなりますね。
岸田: シャツ作りを仕事にしようと思われたきっかけは?
山神: 18歳頃から服の仕事には携わっていたんですが、今の仕事に直結する転機は30歳の頃ですね。子どもが生まれたタイミングで、自分の装いを見直したんです。そのとき、「自分に合うシャツがないな」と感じました。人に会うだけなら既製品で問題ない。でも着心地となると話は別でした。
シャツは肌に最も近い衣服ですので、違和感は一日を通して残り続けます。
両親が医療系の仕事をしていたこともあって、幼少期から人体構造には親しみがあったんです。だからこそ、“身体に最も近い衣服”を突き詰めることは、自分にとって必然でした。
岸田: スーツではなく、シャツ。理由はありますか?
山神: もちろんスーツも好きですが、テーラーという職業を名乗る方は、超ベテランから新人まで数多く存在している。そこには、ピラミッド的な位置付けもある。そこに参入するより、まだ深掘りされていない領域に可能性を感じました。当時、シャツは既制服とパターンオーダーの2軸で、シャツのフルオーダーは当時ほとんどフォーカスされていなかった。いわばブルーオーシャンでしたね。
岸田: 最初は誰かについて修行をされたんですか?
山神: 老舗のシャツ屋さんとか縫製工場さんとか何件か門は叩きました。ただ、自分がそれまで持っていた疑問を投げてみると、明確な理論に基づいた回答を得ることはできませんでした。例えば、「このディテールってなんで手縫いですか?」と聞いても、「いや今ヨーロッパで流行っているからね」とか。「ボタンって何故この形状なのでしょう?」って聞くと、「いや、先代からずっとこれだから」みたいな。
岸田: すべてのディテールに理由があって欲しいと。
山神: そうですね。だから独学を選びました。それから、各国で有名なシャツを収集しては、ほどいて分解し、構造を読み解き、再構築する。型紙、縫製、芯地——すべてを分析して再構築する。その繰り返しです。
だから、強いて言えば、僕の師匠はシャツそのものですね。
山神シャツの構造 —— 可動域から逆算された設計
岸田: 山神さんのシャツって、見た目がすっきりしていますよね。
山神: 可動域を起点に設計しているからだと思います。身体の動きを邪魔しない構造にすると、余分なゆとりが削がれて、結果的にコンパクトに見えます。
岸田: つまり、サイズが小さいわけではなくて、構造が機能的だからですね。
山神: 襟型も独自設計で、ワイドとセミワイドの中間。タイドアップとジャケットの収まりを同時に成立させる角度を計算しています。
岸田: 確かに、山神さんご自身の着こなしでも体現されてますね。
山神: あとは、袖付けですか。縫い代は、袖⼭側が太く脇の下を細くし、肩のイセ分量を多くして⽴体的に仕上げたり、逆に脇はすっきりとさせてフィット感を⾼めたり、といろいろ細工をするので、体に馴染むんです。
岸田: そこまで細かく設計されているとは驚きです。ボタンの付け方にもこだわりがあると聞いてますが。
山神: そうですね、ここは絶対に手作業でないとできない部分です。すべて傾けて縫い付けています。「拝む」っていうんですけど。これは手で拝むようにつけています。拝ませている理由は、ボタンをかけるときに指を入りやすくするためです。場所によって高さも変えています。「根巻き」と呼ぶ芯の長さ、上三つが3ミリ、お腹の部分は2ミリ、一番下は4ミリです。それは機能として、3ミリが一番指を入れやすい、2ミリというのは一番密着性があるので、お腹の部分が広がりにくい、といった風に、ボタンの付け方もより着やすくなるように工夫をしています。
ボタンはすべて手作業で、わずかに傾けて縫い付ける「拝み付け」。指が入りやすくなる角度を計算し、開閉のしやすさを高めている。さらに根巻きの長さも部位ごとに変え、機能性を細かく調整している。
岸田: こういった一つひとつが納期の長さに関係してくるわけですね。仕立てについていろいろ伺いましたが、生地についてはどうですか?
山神: 生地そのものというより、縫製に入るまでの工程面を重視しています。生地には各種コーティングが施されていたり、織りの段階で生じた歪みが残っていることがあるためです。製品洗いの際に縮みやヨレが生じるのは、そうした要因によるものが大きい。
そのため事前に洗い、糊などの加工成分を落としたうえで、湿度約65%に保たれた暗室で最低でも一ヵ月間寝かせます。生地の状態を安定させてから裁断・仕立てへと移行しています。
岸田: そう聞くと、仕立て上がるまで時間がかかるのも納得です。実際、今どのくらい待ちますか?
山神: そうですね、納品まで半年くらいでしょうか。工程を削れば時間は短縮できます。でも、それをやると着用後に歪みが出る。シャツは長く着る前提なので、そこは削れないと考えています。
岸田: 全部手縫い、というわけではないですよね?
山神: 以前は手縫い主体でしたが、現在はほとんどミシンです。ただしボタン付けだけは手縫い。ここは構造上、代替できません。
オーダーとは対話 —— 採寸前に行うヒアリング
岸田: オーダー時に最も時間をかける工程はどこですか?
山神: ヒアリングです。
岸田: 採寸ではないんですね。
山神: お客様が「何に困っているか」を特定することが最優先です。よく着ているシャツがおありだったら、どこかに違和感がないかヒアリングします。例えば、岸田さん、今着てらっしゃるシャツですが、「こうだったらいいのに」と感じる部分はありませんか?
岸田: 今日着ているシャツに限りませんが、手首まわりに余白ができることですかね。
山神: 手首が細いんですね。わかります。そういった部分をその人のサイズに合わせて作ると、ちょっとした所作が美しく見え、ビジネスシーンにおいては自信に繋がります。
山神シャツ 山神氏(左)と阪急メンズ バイヤー 岸田氏(右)。
顧客との対話から一着を導き出す仕立てのプロセスをめぐり、言葉が行き交う。
岸田: あとは着丈がもう少し長かったら、動いているうちにパンツからシャツが出てくることがないのかな、とか。
山神: 最近はビジカジで、ジャケットの下はチノパンを合わせて腰でパンツを穿くっていう方も多い。そうするとシャツが出てきちゃう。スーツの時は多分その既存のシャツの着丈でも問題がないと思うんですけど。でもそういう場合、着丈が短いというよりは、脇が短いんです。シャツをお作りする際には、そこをリカバーすれば、シャツを着てから脱ぐ時まで、安心して違和感なく過ごせると思います。
岸田: なるほど!腑に落ちました。ということは、オーダーの際には、ちょっとした違和感もお伝えしたほうがいいですね。
山神: そうですね。お客様の所作や生活慣習について伺って、シャツに反映させたりもします。例えば、年配の方はポケットを欲しがる方が多いので、ポケットをつけて差し上げたり、さらに左利きの人だったら左にポケットをつけると便利ですし。あとは、重厚感のある腕時計をお好みの方でしたら、袖口が時計にあたりますよね。時計側だけボタン位置を変えたりと、本当にいろいろです。
岸田: ちなみに、どの程度お時間をかけていますか?
山神: 以前阪急さんでオーダー会をした時にはお客様1人あたり60分ほどかけました。そこを省くと意味がない。一見関係がないようですが、プライベートな話も聞くようにしています。
岸田: 例えばどんなことを?
山神: オーダーされると、そこから半年後の納品になりますから、3月にオーダーをいただくと、 9月の納品です。じゃあ、 9月から翌年の3月の間にその方にどういうご予定があるのかなと考えるわけです。旅行に行くご予定はありますか?とか、気になるお洋服の着こなしはありますか?とか。そして、また納品の時にもお客様とお話しをして、その方のデータを収集することに勤めます。
極論、生地はなんでもいいんです。構造が合っていることが大切なので。
岸田: そのためのデータ収集ということですね。
山神: そうですね。ただ、オーダーに“完璧”はありません。人体は変化しますから。採寸時と納品時で骨格バランスが違うこともある。だから1着目は課題解決を優先しています。でも最終的な着地点は、お客様に山神のシャツを着てどう安心していただくか、というところに尽きると考えています。
フィッティングの場で交わされる言葉、可動域の検証、過去データの蓄積——それらが幾重にも重なり、半年という時間を経て一着の形を成す。
そのプロセス自体が、着る人にとっての安心感を醸成していくとも言えるだろう。
袖を通した瞬間に感じる快適性は、偶然の産物ではない。
身体理解に基づく構造設計と、顧客一人ひとりに向き合う濃密な対話の積み重ねによって支えられている。
「肌に最も近い一着」を仕立てるという思想。
それは着心地の良さという実感にとどまらず、日常の所作に自然と馴染み、静かな確信として身体に残り続けていく。
お問い合わせ
「YAMAGAMI Masanori」に関するお問い合わせ
本記事や〈山神シャツ〉に関するお問い合わせは、阪急メンズ大阪 4F シャツ売場のスタッフまでお気軽にご連絡ください。








