17日は、季節の節目を祝う五節句のひとつ「人日の節句」にあたります。あまり聞き慣れしない節句ですが、七草粥を食べる日として記憶している方も多いことでしょう。この記事では、人日の節句の由来や歴史、風習について詳しく解説します。

新年最初の節句「人日」ってどんな日?

ざるに春の七草が並べられている。

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人日(じんじつ)の由来は、6世紀に中国で書かれた書物「荊楚歳時記(けいそさいじき)」に記されています。

その昔中国では、1月1日は鶏の日、2日は犬、3日は羊、4日は猪、5日は牛、6日は馬、7日は人、8日は穀の日として占い、それぞれの日には該当する家畜を殺さない、人を処刑しない、穀物を食べない、という決まりごとがありました。

ここから、1月7日は「人日」と呼ばれるようになったと言われています。

人日に七草粥を食べる理由

七草粥が入った土鍋と、七草が盛られたざるが置かれている。

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古代中国では、人日に7種類の若菜を入れた温かい汁物を食べたとされています。

この風習がやがて、日本で行われていたお正月に若菜を摘んで食べる風習や、7種類の穀物を入れた粥を食べる風習と結びつき、人日に七草粥が食べられるようになりました。

七草粥には「1年の無病息災を願う」「お正月のご馳走で疲れた胃を休める」といった意味が込められています。

人日の歴史

前述した中国の風習とは別に、古代日本で行われていたふたつの行事があります。これらは、江戸時代に人日が五節句のひとつに制定されたことで次第になくなりました。

忘れられた「子の日の祝い」

青空の下、松がそびえ立っている。

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子の日の祝い(ねのひのいわい)は平安時代に盛んに行われた行事のひとつ。新年最初の「子」の日に行われたお祝いを指します

松の木の幹に腰をこすりつけ、若菜の雑炊を食べるという風習で、1年中緑色の葉をつける松や、新鮮な春の草の生命力を体内に取り入れて健康を願うという意味がありました。

元々は人日ではなく「白馬の節会」だった

2頭の白馬が雪原を走っている。

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平安時代には毎年17日に宮中で白馬の節会(あおうまのせちえ)という年中行事が行われていました。これは、宮中の庭に引き出した白馬を天皇が観覧したのち、盛大な宴を催すというもの。

神聖な動物とされていた白馬を見ることで災いを払うと考えられていたのです。

人日の節句には七草粥を食べよう!

人日の節句は、古代中国に由来したもの。17日が近づくとデパートやスーパーで手軽に春の七草を購入することができます。ぜひ、人日の節句の歴史を思い浮かべながら七草粥を食べて、1年間の健康を願ってみてください。

※商品情報や販売状況は2024年06月07日時点でのものです。
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