阪急メンズ大阪

片岡 元

古着と音楽

「GMT」 片岡 元

profile

阪急メンズ大阪1階の紳士靴売場「GMTコーナー」のセールスパーソンと、「GMT」社が展開する英国靴専門店「Lloyd Footwear」のPRを担当。販売員としてのキャリアは25年、音楽と古着、気の利いた酒の肴をこよなく愛する。

偏愛するものとの出会い

音楽とファッションがカルチャーとして密接にリンクしていた、私の青春時代である90年代。大阪・心斎橋にある“アメリカ村”の、混沌としながらも純粋なファッションへの情熱に溢れる雰囲気に惹かれ、通い詰めていました。ビルの建て替えや街の整備によりきれいになった今とはまったく違い、当時は本当にカオスという言葉がぴったりの街。この街での人との出会いが、私が音楽やファッションに傾倒していくきっかけになりました。

大阪・心斎橋にあるアメリカ村での人との出会い

偏愛するものに出会って、変わったこと

もともとは引っ込み思案で消極的な性格で、周りに合わせて本心を明かさない少年でしたが、音楽とファッションに出会って内面が大きく変化し、積極的に自己表現できるようになりました。音楽やファッションが、自分のアイデンティティをアウトプットするツールとなったことが、自分を変えていくことにつながったと思います。当時のアメリカ村をご存じの方なら分かると思うのですが、なにせあの時代のアメリカ村ですからね(笑)。自己アピールと積極性がなければ面白くもないし、友人もできない。音楽やファッションを共通言語とした多くの人との出会いが自分を大きく変えるきっかけとなり、人生が豊かになったことは間違いありません。

音楽やファッションが、自分のアイデンティティをアウトプットするツールとなった

あなたの偏愛エピソードは?

『この曲カッコ良い!』と、はっきりと意識して音楽に触れたきっかけ、特に洋楽が好きになったきっかけは、『ゴーストバスターズ』のサントラ盤。小学校高学年の頃でした。それから小遣いを貯めてはCDを買い集め色々なジャンルの音楽に触れ、のめり込みました。同時にその音楽にまつわるファッションを意識しはじめます。中学生の頃、初めて『この服が欲しい』と思ったのは、古着のバッファローチェックのネルシャツ。アメリカ村の某ショップで安く売っているらしいと聞き、恐る恐る遊びに行ったのをよく覚えています。そこから古着にはまり、ショップスタッフさんから聞いた情報と当時流行していた雑誌を頼りにショップをまわりました。アメカジやヨーロッパ古着、ストリート、アイビー、トラッド・・・古着に限らず新品まで色々なスタイルを楽しみ、それにまつわるカルチャーを吸収していき、今に至ります。自分にとって原点でもある古着は今も自分のスタイリングに欠かせない要素のひとつ。今はカテゴリーにとらわれず、様々なカルチャーの要素をMIXし、それぞれの時間軸をずらした組合せで自由に楽しんでいます。年を取るにつれ、年代やタグよりも“より古着らしさを感じる”アイテムを好むようになりました。

いわゆる“ボロ”と呼ばれる古着は大好物。このスウェットのボディー自体はタグなし、ディテールから推定60年代の物で値打ち物ではありませんが、ネック周りや袖の“ダメージの向こう側にあるボロ加減”が秀逸。探そうとしても見つからない、古着らしい一期一会が楽しめるのが“ボロ”の良いところです。

“ボロ”と呼ばれる古着

こちらもボディーのハリントンジャケット自体は推定70年代で大した代物ではありませんが、前オーナーのボーイスカウト愛が過ぎる一着。ボディーにダメージが少ないことから「壁にかけて飾っていたのかな?」と勝手に想像を膨らまして笑顔がこぼれてしまう一着。

ハリントンジャケット

「これはどの品番だ?」古着屋で見つけ、セージグリーンのUSAFアイテムを思い返してみても、こんなアイテムは初見でした。とにかく気に入ったので詳細不明のまま購入。家に帰って細部を確認していくと、フライトスーツのK-2Bであると判明。いわゆるツナギをウエスト部分で切り取って、単体パンツにしてしまった一着。しかも襟のパーツやシガレットポケットなど上半身のパーツを巧みに移植した前オーナーの才気溢れるリメイク。こんな発想にどうやったら至るのか。こんなものに出会えるのも古着ならではです。

フライトスーツのK-2B

一方、音楽はといえば、ファッションへの興味と同じくしてアメリカ村でCLUBを体験し、当然のようにDJ活動を開始。たまたま目当てのHIP HOPのイベントが入場制限で入れず、はじめてHOUSEのイベントへ行った衝撃は今でも忘れません。とにかく集まっている皆が格好良くて、その中心には音楽がありました。それからHOUSEに始まり、ルーツとなるBLACK MUSIC全般、取り憑かれたようにレコードを買い漁りました。
一時期、ものすごい量まで膨れ上がったレコード。大半は後輩に譲り、今はこれぐらいの物量をキープ、大人になりました。機材も自宅で使うにはオーバースペックな物は知り合いのCLUBに譲ってシンプルに。オリジナルUrei1620さえあれば、僕は満足です。

HOUSEやBLACK MUSIC全般のレコード
DJミキサーUrei1620

思い出深いレコード2枚で、スモールレーベルからリリースされた80年代のローカル物、アメリカでやっとの思いで見つけ出し購入した品です。どちらもいわゆるディスコ・ブギーなのですが、売っているかもしれないと狙っていた街では見つからず。気分を変えてJAZZに強い街に行ったところで思いがけず2枚同時に発見。しかし日本人はおろかアジア人が来ることもないローカルな街で、片言の英語しか話せない日本人は怪しすぎたようで、初日は売ってもらえませんでした。諦めきれず予定を変更して連泊し、次の日、ようやく店主を口説き落として売ってもらった思い出深いレコードです。最後に店主が言った言葉は『友人のセオドアが大事にしていたレコードだからお前も大事にしてくれ』でした。

思い出深いレコード
思い出深いレコード

古着とレコード、自分の人生に欠かせない要素であり、前オーナーの人生、ストーリーを引き継ぐ楽しみが根底にあります。そこに自分のストーリーも生まれ、忘れられない物となっていく楽しさがあります。これらは、英国における靴の価値観にも共通する部分があります。英国の“品物を永く使い続ける文化”、道具としての寿命が尽きるまでとにかく履き続けること。次へと引き継ぐこと。そういったストーリーを堪能できる靴、英国靴で言えば「Tricker’s」を措いて語ることはできません。長い期間をかけて馴染み、その人にしか出せない“味”となっていく過程は、文字通りオーナーと共に歩む存在、自分の思い出とストーリーが現れる稀有な靴なのです。私も、履き込んだ「Tricker’s」を息子に引き継ごうと思っています。息子は嫌がるかもしれませんけどね。

英国靴「Tricker’s」

ド偏愛TOPページへ戻る

© HANKYU HANSHIN DEPARTMENT STORES, INC. All Rights Reserved.

このページのトップ